疫学研究 |
「疫学研究」とは、疾病や事故・健康状況などについて、地域・職域などの多数集団を対象として、その原因や発生条件を統計的に明らかにする研究です。
具体的に、電磁界との関連を調査するため多く行われる「症例-対照研究」では、集団の中である病気が発生した場合、発症したグループ(症例) と、発症していない以外は同条件のグループ(対照)を選定し、過去に問題の要因にどれくらい曝露したかを調べ、症例と対照の曝露・非曝露の比の割合を相対危険度として求め、統計学的に意味のあるものかどうか評価を行い、病気と要因の関係を推測するものです。
疫学研究の利点
直接人を対象とすることができるという大きな利点があります。たとえば、喫煙と肺がんの関係や水俣病と有機水銀などの関係を明らかにするうえで、疫学研究は大きな役割を果たしたと言われています。
疫学研究の問題点 (一般事項)
疾病と要因の関係を「統計的」に解析することから、環境中に存在するさまざまな交絡因子と混同したり、統計の対象を選ぶときにバイアスの影響を受ける可能性があります。
このため一般的には、ある環境の中で発生した「疾病」とその「要因」との因果関係を証明するにあたり、疫学研究だけで判断することは不十分であるとされています。電磁界の健康影響を明らかにするためには、関連性を統計的に考察する「疫学研究」と、その関連性のメカニズムを解明する「生物学的研究」の両方の研究結果から因果関係の有無を総合的に評価する必要があるとされています。
用語 | 意味 |
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交絡因子 | 調査しようとする因子(電磁界など)以外で、疾病の出現頻度に影響を与える可能性がある因子。通常は観測する集団について、年齢・性別・社会経済的状況・住居等の区別が考慮されているが、疾病に関連する可能性がある喫煙習慣・遺伝・食生活習慣・化学物質等の因子も検討課題として残されている。疫学研究においては、ターゲットとしている因子と疾病との関係を明確化するために、これら交絡因子の存在を検討し適切に排除したうえで研究・統計処理することが重要である。 |
バイアス | 実際に観察する集団が本来目的とする集団・母集団の正しい代表ではなく、特定の傾向・特性・方向性をもった集団であるときに起こる偏り。症例と対照とで抽出の条件に差がある場合や参加率が低い場合、あるいはパブリケーション・バイアスのように論文への採用に有利となる方向に結果が誘導されている場合などに起こり得る。 |
疫学研究の問題点 (磁界の健康影響)
電磁界の健康影響に関する疫学研究は、主に欧米で数多く行われており、関連性を示唆する研究もありますが、以下の問題点が指摘されています。
問題点 | 内容 |
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統計的精度 | ほとんどの研究が統計的に有意ではない。 |
症例数 | 症例が少なく統計的な精度が低い。 |
交絡因子 | 疾病の原因となり得る交絡因子を完全に排除することは不可能である。 |
一致性 | 結果に一貫性がない。 |
曝露量 | 生活環境に合致した磁界曝露量を把握することが困難である。 |
因果関係の判断基準
疫学研究において因果関係判定のためのガイドラインとして、以下のような基準(もしくは視点)が示されています。
時間的関係性 | 原因は効果よりも時間的に先行しているか(必須) |
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生物学的妥当性 | その関連を支持する他の知見が存在するか (作用機序、実験動物での結果) |
関連の一致性 | 他の研究で同じ結果が認められているか |
関連の強さ | 原因と効果の間の関連はどれ位か(相対リスク) |
量-反応関係 | 暴露の増加に伴って効果(健康影響)も増加しているか |
関連の可逆性 | 原因と思われる要因を除去することによって疾病のリスクが減少するか |
研究デザイン | そのエビデンスは、しっかりした研究デザインに基づいたものか |
エビデンスの判定 | どのような種類のエビデンスに基づいて結論に至っているか |
※「WHOの標準疫学 第2版 日本語訳(木原雅子・木原正博監訳、三煌社)」より
疫学研究の評価
欧米では、電磁界と脳腫瘍や小児白血病等との関係についての疫学研究が数多く実施されていますが、それらの研究の中には「関連性がなかった」という報告もあれば、小児白血病との間に「関連性があった」という報告もあり、結論は一貫性を欠いています。
また、関連性があったとする報告でも、電磁界による影響とそれ以外の様々な要因による影響が分離できていなかったり、統計的な精度が低い等の問題点が指摘されています。
電磁界の健康影響については、統計的に考察する疫学研究だけでなく、動物実験や細胞実験によりそれを検証する生物学的研究も含めて総合的に評価する必要があります。
スウェーデンの年間小児白血病患者数と総電力消費量の関係
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過去30年のスウェーデンにおける統計では、国内の年間電力使用量がほぼ4倍に増加しているにもかかわらず、小児白血病の発症数は横ばいか漸減傾向にあります。
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このことから、電力の消費量と小児白血病の発病の間に関連性がないことが読み取れます。